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24 Apr. 2019

India Tour Report 2019        Tatsuya Otsuki (UTokyo)

・affiliation :マテリアル工学科
・duration :February 20-27, 2019
・program :工学系研究科インド工科大学デリー校と企業視察

インドの現状


インドという国から何を連想するだろうか。IT・人口爆発・多宗教等たくさんあると思うが、渡航前の私にとっては「エネルギー」であった。2016年にパリ協定が結ばれ世界全体がクリーンエネルギー移行への舵をきっており、太陽光発電・風力発電等の再生可能エネルギーの導入が促進されている。このようなエネルギー市場で注目を浴びているのがインドである。私の所感としては、日本の約9倍の国土面積を持っておりかつ日照時間が長いため、インドには太陽光発電のポテンシャルがあり、また多く導入されているのではないかという印象を持っていた。そのため、このインドツアーにおいては、インドにおける再生可能エネルギー導入やエネルギーインフラの現状について学べればと思い臨んだ。

結果から言ってしまうと、私の持っていた所感はとても楽観的過ぎるものであった。まず空港に到着しホテルまでの移動の際に感じたのは、日が暮れていても分かるほどの空気汚染。交通量の多さや、歩道の未整備が影響しているようであった。我々が滞在したのは首都であるニューデリーであったため、インドの都市の発展ぶりを見れると高まっていた期待とは裏腹な現状に気を落としつつも、とりあえずホテルに着き休息をとる。時差は3時間半日本より遅れているだけでありとても順応しやすかった。

最初二日間はインド工科大学デリー校に訪れた。大学の敷地は異世界のような空間であった。道路は完璧に整備されており、心なしか空気中を舞う砂やほこりもなかった。

大学では、講義の受講と研究室の訪問を行った。講義室の大きさ・受講学生数は概ね東大と同様のものであった。講義中の教授・学生間のインタラクションは積極的で、アメリカの大学と似ていると感じた。特にインド経済の授業の際は学生が絶え間なく発言しており、学生が授業を積極的に構成していた。私の語学力の問題もあり、圧倒されるとともに彼らとの差を感じざるを得なかった。研究室訪問では、材料成型のプロセスを研究しているProf. Kumarの研究室を訪問させていただいた。見学した設備は切削・溶接・鋳造等を行う工作室であった。驚くことに一年生の学生は専攻に関わらず、全員がすべての工作室を経験するという。Prof. Kumarの「エンジニアとして最低限の素養をつけてもらう。コンピューターサイエンスだろうが都市工学だろうが関係ない。」という言葉が印象的であった。

また学生と交流する機会があり、寮の様子を見せてもらうことができた。キャンパス内に講義棟から徒歩で10~30分程度の距離に学生寮が点々とあり、学生たちは徒歩・自転車・学内バスなど各々登校しているようである。ほとんどの学生が寮生活をしており、寮生同士の仲がとても良さそうであった。というのも、年に一度寮対抗の大会があるようで、エントランスホールには過去のトロフィーが飾られていた。種目はスポーツだけでなく音楽・演劇など多岐にわたり、まさに総力戦といった印象を受けた。設備に関しては、食堂・自習室に加えてみんなで集まってテレビを見るためのテレビ室があり、クリケットの試合を観戦するのだそう。また個別の部屋は、二人一部屋になっていた。大きさはベッド二つ入れるともう入口以外埋まってしまうような程度で、普段はベッドの上で生活しているようである。とても衝撃的であり、いかに日本が恵まれているかを再確認しつつも、インドのトップ校であるIIT Delhiでこの状況であることに落胆せずにはいられなかった。

週末には観光を楽しみつつ、残りの日で企業やNGO等の事務所にお邪魔させていただいた。ここでは、特に印象的であったNGOのTARAとホンダの工場について記載する。

TARAとは”Technology and Action for Rural Advancement”の略称であり、主に環境負荷に配慮した技術の開発及び普及を行う団体である。彼らの頭にあるのは森林破壊への危機感であった。恥ずかしながら認識していなかったのだが、インドの国土に占める森林の割合は2割程度であり、加えて人口増加に伴う住宅地とインフラへの木材使用の需要が高まっているというかなり危機的状況にあるのだという。ここでは環境負荷の低いレンガの作成や、紙のリサイクル等の設備を見学した。見学を通して驚いたのは研究設備のレベルである。「研究」とはいっても屋内で薬品を扱うようなものではなく、屋外の小屋で古めの器具を用いて行っており、設備投資への必要性を強く感じた。

ホンダの自動車工場では簡単な説明を受けた後、工場の溶接・組み立てプロセスの見学を行った。製造プロセスにおけるオートメーション化はあまり進んでいないような印象を受けた。また様々な場面で日本語起源の言葉が使われていて日系企業らしさを感じる場面もあったが、工場内の標識がヒンディー語表記であるなど、英語が使われていないものが多いことから、労働者はインド国内の地域に限定されているのだろうということが考えられた。

以上がこの6日間の滞在の報告であるが、感じたことはただ一つ、インドはまだまだこれからの国であるということだ。ここ十数年でインドの人材が優秀であると世界で認められ、その巨大な国土と人口増加からインドは世界に影響をもたらす主要国となってきていることは事実である。ただ、そのイメージが先行しているだけで、インド国内の実状は大きく異なる。確かに新幹線や鉄道の建設の計画が立っており、都市の様相がいわゆる先進国のそれに匹敵するようになるのはたった数年後の話かもしれない。しかし、重要なのはインドに住んでいる人々がその環境を望んでいるかもしくは適応していくかである。インドのニューデリーの町を構成しているのは、一部のエリートだけではなく、露店を出していたり、リキシャ(東南アジアのトゥクトゥクのようなもの)を運転している人、平日の昼間から道端でゆっくりしている人、ホームレスの人等々がおり大部分を占めている。インドのこれからは、これらの人々にかかっていると考える。彼らがいわゆる「近代化」を望み、環境を変化させる「意思」を持てば一瞬にしてインドは世界を代表するような都市を作り上げるだろう。逆に言えば、現在のインドのイメージと国内都市の現状の差は、このような人々の「意思」が根底にあるのではないだろうか。

この研修を通して、インドに対する認識が改められたのは前述のとおりであるが、加えてエネルギー問題に対する捉え方も変わった。比較的恵まれている日本という国に生まれ育ち、その中でも比較的恵まれた環境に身を置いてきた自分にとって、エネルギーとは生活の根源にありそれ無しでは生きていけない基本的なものというイメージを持っていたように思う。しかし、今回インドに訪れて、もしここで生まれ育ったら、エネルギー問題に関心を持つことはあっても、それが一番に大事だと考えることはないだろうということに気付いた。もちろん世界の気候変動の現状は危惧すべきものであるが、国単位で考えればもっと必要な基本的要素が往々にして存在する。エネルギーという観点からある国の現状を考えるには、ある程度の前提条件が整っている必要があるのだ。世界規模で考えられている問題を地域レベルに落とし込むと様相が変わってくるということを再認識させられた研修であった。